あの頃、ふたりで。

遠い昔のラブソング

炉端焼き

「一人で寒がってたわね」

昨夜は職場の皆で炉端焼きに行った。

9月も後半になると北見の夜は冷える。

僕は一人だけセーターを着ていたけれど、それでも寒さが浸みてくる。勤務を終えて店へ向かう時から着ていたし、帰りはさらに寒さが増して両腕をこすっていた。

「だって、寒かったでしょ?」正当性を主張すると

「あれで寒いって言ってたら、冬越せないっしょ」と一蹴された。

「そういえば誰も寒いって言ってなかったね・・・」

「こっちの人はね、雪が降らないとコート着ないものね」

ビックリだった。たしかに誰も寒そうにしてなかったし、みんな平気な顔していたことから察すると、強がっているとも思えない。

「へえ~、さすがに寒さに強いんだなあ」

感心するしかない。

 

そこは酒でもビールでも肴でも注文の品は、何でも船の櫂に載せて客に差し出す店だった。大きい正方形の一番外側をカウンター席がぐるりと囲み、その内側に魚介類を並べた陳列台が設けてある。そのさらに内側に板前用の作業通路があり、さらに奥の中心部に調理用の囲炉裏があった。並べられた魚介類の中から客が好みのものを選ぶと、真ん中の囲炉裏で焼いて櫂に載せて供される。

豊富で新鮮な魚介類はさすが北海道!って言いたくなるほど贅沢だ。

 

初めての店で勝手が分からず戸惑っているのも構わず、皆んなは適当に注文を始める。ビールが注がれ乾杯の音頭で宴が始まると、魚を焼く香ばしい匂いが立ち込めてきた。

「これキンキっていうの、おいしいわよ」

左側の椅子に座った君が皿に取り分けてくれた。

「わ、ありがとう」僕は早速箸をつけ「あ、ウマイねぇ」と言いながら次々と口へ運ぶ。

「でしょう・・」君はしたり顔だ。

「俺の知り合いに漁師がいてさ・・」右側から手が伸びてきてビールを継がれ、話しかけられる。「そいつが板こ1枚下は地獄だって言うんだわ・・」

「地獄・・ですか」僕は何の話かと耳を傾ける。

「冬の海って、落ちたらまず助かんねぇんだわ、冷てぇから。したっけ船底なんて板こ1枚だからな、そん板のすぐ下じゃ地獄が口開けてるわけよ。俺たちゃそういう船に命預けて漁してんだって話してくれたんだわ・・」

目の前に積まれている多くの魚が貴重品に見えてくる。

君も相槌を打ちながら、手は次の魚に取りかかっている。

「ホッケはここに置いとくからね、こっちはホタテよ」

君は次々と皿にとってくれるから、食べる方も忙しい。

 

君はあちらこちらに行っては世話を焼き、そしてまた僕の左の席へ戻って来る。そこにいる時間が一番長いかも知れない。。

「ありがとう。刺身も旨いけれど、焼いた方が好きかもしれない・・」僕は箸を運びながら「少し休んで、食べてよ」と申し訳ない気持ちを口にする。

「うん、いつも食べてるから」君は魚をさばく手を止めない。

甲斐甲斐しい君の様子を間近に眺めていると、えも言われぬ心地よさを覚える。少し酔ったせい?・・ばかりではないな・・と考え直して頭を振った。この店に二人きりだったら口説きたくなるような気分を味わいながら、ビールを飲み魚に箸をつける。

せっせと動く君の手は生命力に輝き美しささえ漂わせる。

「上手いもんだねぇ・・・」自然と言葉が洩れていた。

「これくらいはね・・」君は満更でもなさそうだ。

僕は魚さばきが下手で食べ方も同様だった。

だから「魚をキレイに食べる人が羨ましくて・・」と言いながらビールを勧めたら「ありがとう。でも」とやんわり断られ、僕がビールを継がれてしまった。

 

 


あの頃、遠い昔のラブソング。
ものごとの始まりと終わり。
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