あの頃、ふたりで。

遠い昔のラブソング

偶然と必然

事務室へ立ち寄ったところを係長に呼び止められた。

「応援の要請が来てるんだけど、行ってくれないか?」

 

 「ああ、いいですよ。いつからですか?」僕は1週間程度のつもりで軽く応える。近隣の部署からの依頼はよくあることだった。

「急がないよ、来月なんだ。仙台だけど大丈夫か?」心配している風を装って、念を押される。

「仙台・・ですか?」僕はちょっと戸惑い「どうしようかなあ・・」と迷いを口にする。

「えーと・・」係長は書類を確認してから僕に向き直って言う「2週間だな」

僕が即答せずに思案していると、係長はなおも書類を繰っておもむろに告げる。

「どうせ行くなら北海道にするか、3ヵ月後だけどな」

北海道という地名が、僕の心の奥の方で弾けるように明滅した。

「え? 北海道もあるんですか? そっちがいいですよ、北海道にして下さい」

「そう言うと思ったよ」係長はニッと笑って言った。

「へへ・・すみません、お見通しでしたか」

「だいたい分かるな。北海道は北見っていう所だ」

「北見? 聞いたこともないですね」初耳の地名だった。近いのか遠いのかも分からない「どの辺りなんですかね」

「網走の方らしいぞ」係長は事もなげに言い放つ。

「そりゃあ・・随分遠いんじゃないですか?」出張の旅費に飛行機代は出ないから、列車と船の乗り継ぎになる「行くだけでも大変そうですねぇ」

「2日がかりで行くようだな。出張期間も4週間あるからゆっくり行ってこいや」

「4週間ですか、迷子にならないように行ってきますよ」

「じゃあ9月の頭からだからな、頼んだよ」

 

僕が北見に行くことはこんな風に決まってしまったけれど、そこに君がいるとはこの時の僕はまだ知らない。

この時代、北海道に関する情報は旅行ガイドブックと時刻表と道路地図がすべてだ。まして北見の情報などは皆無で地理も気候も分からない。それでも山奥や原野に行くわけではないし、街があって宿もあるさ・・割と能天気に構えていた。

奇跡のような君との出会いが3ヵ月後に待っているなど夢にも思っていなかった。

そこで君に出逢うなんて、想像の範囲を超えている。

仙台の話に乗っていたら、まったく違った展開になっていたと思うと不思議でならない。

この時、僕たちの運命を乗せた歯車が、少しだけ軌道修正したのかもしれない。

僕の北見行きは偶然だったのだろうか、必然だったのだろうか。

 

奇跡は起きるまで分からない。そして案外、目の前で起きても気付かないものかも知れない。この時の僕がそうであったように。