「今度は私が東京に行くよ」
電話口で君はキッパリと告げる。君が東京に来るのはもう少し先になる、漠然とそんな風に思い描いていた僕は、嬉しさを通り越して意味を呑み込めないでいる。
―― 手紙の合間に電話を掛けるようになり、幾度目かの電話でドライブに誘った。北見でレンタカーを借りればそのまま君をピックアップできる。なるべく君の負担を減らしたい、そんな思いもあった。車があれば行動にも余裕が生まれるし遠出もできる。何より君と二人きりの空間を長時間確保できるのは考えただけで鳥肌が立つほど嬉しい。君の「いいわよ、楽しみにしてる」という言葉に力を得た僕は、すぐにレンタカー会社を探して予約を済ませていた ――。
「え?・・」僕は驚きと嬉しさと戸惑いとが入り混じった複雑な声を出してしまった。そして言わないでもいいことを口走る。
「レンタカー予約しちゃったし・・」
「そうだったね、ゴメンね」
「ああ、いや、いいんだ・・」僕の頭はまだ混乱している。
「私が東京に行く。そうしたいの・・」
君が来る。メイがこっちに来ると言ってる ―― ようやく動き始めた脳で解釈が行われ、意味するところが全身に行き渡ると嬉しさが爆発しそうになる。僕は別人のような声を出していた。
「ホントに? わあ!嬉しい! ホントにいいの?」
君は半ば呆れたような、それでも笑みがこぼれそうな声で答える。
「ええ、行ってもいいでしょ?」
「当ったり前だよ、誰にもダメなんて言わせない!」
「よかった・・」
浮き立つ心を何と表現して良いか分からず、浮かんだ言葉がそのまま口から出ていた。
「もう、張り切っちゃうからね!」
「張り切ることとは違うわよ」
「いいや、張り切る!」
舞い上がって陳腐なセリフを吐いてる僕を、君は軽く受け流す。
「うん分かった。それでね・・」
「ん? どしたの?」
「それで・・少し延期になってもいいかな? 休暇の調整をしないと・・」
そうだった。メイの往復の移動日も必要になる。
「そだね。うん、大丈夫だよ。日程が決まったら教えて。僕の方はメイに会わせられるから心配いらないよ」
「ありがとう、助かる」
「でも、なるべく早く来られるようにしてね」
「うん、勿論。決まったらすぐ連絡するね」
「ありがとう。待ってるよ」
「それとレンタカー、ゴメンね。キャンセルだね」
「うん大丈夫だよ。すぐキャンセルするから」
メイが東京に来る。それも自発的に。思ってもいなかった展開で、僕の心は嬉しさを抑えきれずピョンピョン跳ねている。歩けばすべてがスキップになるような気分だった。
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「えっ! キャンセルなんですか?」
北見のレンタカー会社の社員は少し語気を強めて言った。僕はひたすら謝るのみだ。
「はい、済みません。キャンセルをお願いします」
「絶対にお出でになるっておっしゃるから、用意したんですけどねぇ・・」
「申し訳ありません・・」
「来られないという事情でしたら、仕方ありませんけどね・・」
「ホントに申し訳ありません。キャンセル料が発生するようでしたらお支払いします」
「いや、それは結構ですよ、しかし参ったなあ・・」
「ありがとうございます。ホントに済みませんでした」
平身低頭。この時の僕の心は、たとえ罵倒されてもすべてを受け入れてしまえるほど広がっていた。メイに会える、その事が僕の心を大きくしていた。
あの頃って、いつ頃? ―― そんな話の始まりはこちらから。