あの頃、ふたりで。

遠い昔のラブソング

on the phone

留辺蘂

「相談したいことがあるんだけど・・」神妙な声になって君は言った。その口調が簡単な相談ではないと告げているから、受話器を持つ手が少し緊張気味になる。「ここから近いところに留辺蘂って町があるのね」聞いたことのない町名だった。「遠軽と北見の間に…

女子寮

少しの間があってから受話器から声が聞こえた。「もしもし・・・」何か言うしかなかった。「初めまして」と妥当な線を言ってみる。「あ、初めまして」その子も乗ってくれたようだ、仕方なしだろうけど。"彼です" と紹介されたようで、恥ずかしいような少し面…

目から火

電話が鳴り君からだと直感した。僕は勢いよく飛び起き跳ねるように電話のある玄関へ向かう。いきなり脳天に衝撃が走った。真っ暗になり目の中で何かがチカチカッと瞬いた。気付くと廊下に仰向けで倒れている。頭頂部に痛みが走る。鴨居に頭を打ち付けたよう…

レンタカー

「今度は私が東京に行くよ」君のそんな話に、僕は驚きと嬉しが入り混じった複雑な声を出してしまった。「行ってもいいでしょ?」もちろん反対する理由などあるわけない。僕の心は嬉しさを抑えきれずピョンピョン跳ねている。歩けばすべてがスキップになるよ…

宿題

「わあ、届いたよ、ありがとう・・」瞬時にスイッチが入る。メイの声に触れたらもう止められない。僕の意識は身体ごとあの頃に翔んでいた。「誕生日、おめでとう!」 「ありがとう、驚いたわあ。帰ったら玄関に届いてるでしょ、誰よって見たら私宛てで。もう…

慎重と苛立ち

「私たち、やめよう」あまりに唐突で脳が解釈を拒んでいる。「嫌いになったんじゃない。一緒になるのが嫌なんじゃない。いま会えないのが辛いの。会いたいときに会いたいし、そばにいて欲しい時はそばにいて欲しい。だけど、いまがとても辛いんだよ。ホント…

そしたらね

ホントの目的は君の声、そして気配。受話器から伝わるのは僕の耳に直接響く君の息づかい。1500キロの彼方から届くいまの君の声、衣擦れ、受話器やコードの擦れ、君を載せた椅子の軋み。それらのすべてが今は愛しい。君と繋がっている電話から洩れてくる微か…

コード・ネーム

「さっき電話があったよ、マキさんていう女の人から」知り合いにマキさんはいないけれど、マキといえば君しかいない。この時の二人だけに通じる名前だった。「名前を訊かれたから咄嗟に」って君は言うけど、僕たちだけの暗号っぽくて、なんだか楽しくて嬉し…