あの頃、ふたりで。

遠い昔のラブソング

そしたらね

これからの予定、伝えておきたい事、君への質問、君の質問への答え ―― どれもありだけど、ホントの目的は君の声、そして気配。

受話器から伝わるのは、僕の耳に直接響く君の息づかい。

受話器を持つ手を変える時、話してる姿勢を変える時、君は「ちょっと待ってね・・」と伝えてくれる。

僕は「うん」と応えて話をやめ、受話器に耳を澄ます。

「・・ょ、・・っしょ・」君は自分でも気づかぬまま、吐息にも似た微かな声を出している。1500キロの彼方から届く現在(いま)の君の声、衣擦れ、受話器やコードの擦れ、君を載せた椅子の軋み。それらのすべてが今は愛しい。

受話器を耳に当てて目を閉じると、君の出す声と音は天上の音楽となって全身を巡り、僕の身体を内側からくすぐる。

話が途切れ無言であっても、君と繋がっている電話から洩れてくる微かなノイズは、紛れもなく君の気配。ただそれだけで君の存在がとても近い。

ずっとずうっと聴いていたい。だから僕はいつまでも電話を切ることが出来ない。

電話を切るきっかけはいつも君だった。話題の途切れたところを見計らって「うん、そしたらね」って言うんだ。それは、特徴のある「そしたらね」だった。

第一アクセントが「そ」で、第二アクセントは「ね」。

それって北海道の方言? それとも君の個人的な訛り?

 

 


あの頃、遠い昔のラブソング。
ものごとの始まりと終わり。
できることなら《始まり》から順にご覧頂けることを。