あの頃、ふたりで。

遠い昔のラブソング

中央フリーウェイ

到着便の案内表示板が、刻々と変わる運行状況に合わせてパタパタと音を立てている。僕は到着ゲートの前で逸る胸を抑えつけながら待っている。

1年半ぶりにメイに会える。君が東京に来る。この嬉しさを表現する言葉を僕は知らない。ただ身体中の細胞が今にも叫びだしそうに躍動しているのを感じる。この喜びを行き交う人みんなに分けてあげたい。分けても分けても、身体の内側から湧いてくる嬉しさは尽きることがない。

 

釧路からの到着便の欄には先ほど来 "到着済み" と表示されている。もう彼これ30分以上前だ。君はまだ到着ゲートに姿を見せない。半分祈るような気持ちで “早くぅ~早くぅ~” と待っているけど、こうして待っている時間も妙に嬉しい。

ようやくゲートを出てきた君は、挨拶もそこそこに言った。

「ごめんね、待たせちゃって」

心なしか、君の顔は少し青白く見える。たちまち心配になってきて嬉しさもどこかへ飛んでいきそうになる。

「どうかした? 顔色が・・」

「飛行機に、酔っちゃった。 少しね・・」本当に済まなそうな顔で言う。「それで手当てしてもらって、降りるの最後になっちゃった。ホントごめんね」

もう謝るなよ。そんなことより今は体調の方が大事だろ。

「いいんだ、そんなこと」言いながら僕は手荷物を受け取り、背中をさする。

「今日は来てくれてありがとう。とても嬉しい、けど・・まだ顔色、良くないね。少し休んでから行こうか?」

「ううん、大丈夫。もう行こう」

君は気丈に言うけれど、その顔色じゃ心配するなという方が無理だ。

「何かお腹に入れた方が良くないか? 無理しないで休んでいこうよ」

「食べたくないの。心配ないから行こう」

結局君の気丈さに圧されて空港を後にすることになった。君の様子に注意しながらゆっくり走ることにしよう。後続車にパッシングされても知らんぷりを決め込むことにした。

 

首都高羽田線から環状線に入り、4号線を経由して中央高速に乗り入れた。ここまで来ると車線の幅も違うし、なにより風景が変わって快適なドライブになる。君の顔色も幾らか生気が戻ってきたようだ。

三鷹料金所を過ぎるとやがて見えてくるものがある。僕は、いま走っているのが中央高速、中央フリーウェイって言う人もいるけど、と言ってさらに付け加える。

「もう少し行くとね、右側に競馬場が見えてきて、そしたらすぐに左側にビール工場がある」

「もしかしてユーミン?」

「うん、そう・・って、ああ、ほらほら・・」僕は右側を指差しすぐに左側を指差した。

あっという間に通り過ぎる。君は、よく分かんなかったあ、と言ってそれでもと続ける。

「ビール工場って、SUNTORY?」

「そうです。サントリーのビール工場です。良く読めました」

「なんだか小さくない?」

「うん、見えるのは建物の上側だけだからね」

「ホントにあるとは思ってなかった。もしあってもね、もっと大きいと思ってた。歌のイメージってスゴイね」

僕は、そうだよね、と同意してから、小さな声で言ってみる。

「あいしてる・・」

君はキョトンとした顔の上に、怪訝を混ぜた複雑な表情になる。

「え? どしたの急に」

「ハハハ、やっぱり聞こえるよね。ユーミンの乗った車はオープンカーだったのかな」

状況が呑み込めた君は、半ば呆れたような口調で言った。

「試してみたの? いまの?」

「うん、1回試しに言ってみたかった。愛してる人にね」

「バカねぇ・・」君はおもむろに窓を開けて大きな声を出した。「聞こえませんよう・・風が強くてぇ・・」

良かった。体調も戻ったようだ。

 

 


あの頃、遠い昔のラブソング。
ものごとの始まりと終わり。
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