あの頃、ふたりで。

遠い昔のラブソング

メイの芯の強さはお母さん譲りなんだろうと思う。君のお母さんとは数日前に会ったばかりだけれど、芯の強さと心根の優しさは充分に伝わってきていた。

 

ご両親は2時間ほど前から店を開けるための仕入れに出掛け、家にいるのはメイと僕の二人きりになった。留守番と言いつつこうして寛いでいると、ここが自分の家のように錯覚しそうになるし、すっかり馴染んでいる自分を不思議にも思う。僕たちはきっと、見えない力で結びつけられているのだ。

 

メイと僕の間に座卓が割り込んでいる。座卓に両肘をつき顎を手のひらに乗せた姿勢の僕は、向こう側でお茶を淹れているメイを眺めている。ゆっくりと流れてゆく平凡で何気ない時間が、二度と戻らない瞬間だからこそ堪らなく愛しい。

差し出された湯呑を、ありがとう、と受け取ったとき、メイの姿にお母さんの姿が重なって見えた。

 

僕はお茶を一口すすって湯呑を置いた。

「メイのお母さんってさあ・・」

両の手に持った湯呑を口に運びうつむき加減だった君は

「ん?」

という顔で目を上げ、母がどうしたの?、と口にあてていた湯呑を座卓に下ろした。

「芯の強さを秘めてるって感じる。それにとっても優しい」

素直な感想を漏らした僕に、あら、そんな風に見える?、と君は予想外な反応を返してきた。「でしょう」くらいは言うと思っていた。

「お母さんと話してると、なんだかとっても安心できる気がしない?」

「いいのよ、気を遣わなくても」

「いやいや本音だよ。優しい人なんだなってのが伝わってくるし」

「それはね、あなたが初対面だからよ」

「そうとも思えないんだけど。何と言うか、寛げる雰囲気なんだよね」

「ああ見えてもね、結構キツイところもあるのよ」

君は家族ならではの辛辣な評を述べ、こうも言った。

「2、3日じゃ分からないかもね」

僕は、うーん、と考え中の音を発してからもう一口お茶を飲み、辛口な母親評の君を見て、家族ともなればそういうものかも知れないなあ、と呟いていた。

「女の人はいずれ母親に似てくるって云うじゃない?」

「うん、そうね」

「メイも将来は、お母さんみたいになるんだろうなって思ってるけど、どう?」

さあ、と間をおいてから君は予防線を張る。

「私はどうかな・・」

違うと思ってるの?、と言ってみたけれど僕は確信していた。君はきっとお母さんによく似るんだと。

「どちらになるにせよ、お手柔らかにお願いしたいな」

「それは」君は顎を少し上げて首を傾げ、それからゆっくりと告げる。

「あなた次第かも、ね」

僕を横目に見ているその表情は愛嬌たっぷりだ。

 

◇◆◇

 

台所に柿が置いてあった。

それを目にしたお母さんはテーブルから立って行き

「あら、柔らかくなっちゃった」

とテーブルまで持ってきた。

熟し気味で少し柔らかくなった柿を目の前にして、硬い柿と柔らかくなった柿のどちらが好きかという話題になった。カリっと音を立ててかじる柿を好む人もいるけど、僕は熟して柔らかい柿も捨て難かった。

「トロトロになった柿も旨いですよね」

それを聞いたお母さんはすかさず僕に勧める。

「食べてみる? 剥いてごらんなさい」

手に持った柿を差し出された僕は無意識に受け取ってしまった。さて、困ったことになった。柔らかい柿を剥いた経験などなかったからだ。

「あ、いや、こんなに柔らかい柿は・・・」

と断ろうとする僕を制して

「普通の柿ならあるんでしょ? なら大丈夫よ」

それでも渋りそうな僕を見て

「ゆっくりでいいから、剥いてごらんなさい」

と半ば強制的に包丁を渡されてしまった。なるほど容赦ないんだと変に納得する。君は面白そうに傍観者を決め込んでいる。

容赦はないけど威圧感は与えないんだ、思った通りのお母さんだった。

これはテストだ、と考えることにした。不思議なことにまったく緊張はしていない。よし、楽しませてやろうじゃないか。

僕は左手に持った柿を少しずつ回しながら慎重に刃を進めた。君もお母さんも、なるほどね、って顔をして見ている。

時間は少しかかったけれど綺麗に剥けた。我ながら天晴な出来栄えだった気がする。

 

テストの結果は合格だったのだろうか。

聞きそびれてしまった。

 

 


あの頃、遠い昔のラブソング。
ものごとの始まりと終わり。
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