あの頃、ふたりで。

遠い昔のラブソング

塩ダシおでん

釧路駅近くまで行ければ明日の行動に余裕が生まれる。だとしたら少し遠回りしても150kmくらいだろうと踏んでのんびり構えていた。

釧路に通じている国道を走りながら、いつしか子供の頃の話題になっていた。

小学生のころ、僕が住んでいた町に物売りがよく来ていて、彼らはそれぞれの売り物に合わせた独特の音や売り声があった。納豆売りや竿竹屋、豆腐屋などはその典型だ。売るばかりではなく家庭で不要になった古新聞や古着、鉄屑などを買い取ってくれる屑やという商売もあり、また鍋釜の修理から包丁やハサミ砥ぎなども来ていた。

 

「物売りの声なら小学生くらいの頃はよく聞いていたよ」

「そうなの? 私はあまり覚えてないなあ」

「"なっとなっと~なっと" なんてね。暖かくなる頃には "きんぎょ~エ~きんぎょ~" ってのも聞いたことある」

「へえー、きんぎょ?」君は目を丸くする。

「そう金魚。リヤカーいっぱいに積まれた金魚鉢の中で、ゆらゆらと同じリズムで揺れる金魚を覚えてるよ」

「なんだか」君は遠くを見るような目つきになる。「絵になりそうな感じね」

「珍しいところでは風鈴もあったね」

「風鈴? どんな売り声なの?」

「ああ、風鈴屋は売り声がないんだ。風鈴の鳴る音で分かるから」

「風鈴の音で?」

「うん、リヤカーにいっぱい提げてるでしょ。そうすると "リンリン" なんてかわいい音じゃなくて "じゃらんじゃらん" ていうくらの音だったよ。それに夏だからどの家も窓や戸は開けっ放しだったから」

「そっか、家の中まで聞こえたわけね」

「それとね売り声がないっていえば "おでん屋" があったなあ」

「おでん屋さんはどんな音なの?」

「おでん屋は鐘だった。リヤカーにぶら下げた鐘が揺れて動くと "カンカン" って鳴るんだ」

「ふうん」

「その音を聞くと僕は5円玉を握ってジャガイモを買いに行ってた」

「え? その頃からジャガイモ?」

「あ、言われてみれば。あの頃からだなジャガイモ好きは」

すると君は目をキラキラさせて尋ねる。

「ねえ、おでんのダシは塩味と醤油味のどっちが好き?」

東京生まれの僕はおでんのダシといえば醤油味しか知らない。

「塩と醤油? おでんに塩ダシなんてあるの?」

「え? 知らなかったの?」君は "意外" って顔をする。

「食べたことないし、見たこともない」

「そうなの?」

残念そうにしたのは一瞬で、自慢気に断言する。

「おでんのダシは絶対に塩よ」

塩ダシおでんを知らない僕は醤油ダシを捨てきれない。

「うーん、そうかなあ・・」と、不服を口にする。

「教えてあげる。北海道のおでんは塩ダシなのよ」

「え? 全部?」ビックリだった。

「そうね、全部って言ってもいいわね」

「うわァ、知らなかった、食べてみたいね、おでん好きなんだ」

「それにね、私の実家はおでん屋をやってる」

「えっ!?」初耳だった。強気に塩を推すはずだ。「知らなかったよ」

「こんど実家においでよ。沢山食べさせてあげる」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

後日、塩ダシのおでんをご馳走になりました。

おでんはやっぱり、塩ダシですよね。

 

 


あの頃、遠い昔のラブソング。
ものごとの始まりと終わり。
できることなら《始まり》から順にご覧頂けることを。